宇宙の片隅の記

神秘主義的思考により世界・社会・実存について考える

靖国神社訪問記

こちらのエントリの続きで、今年二月のときの体験です。)

一度は行ってみようと思っていた。東京九段下にある靖国神社である。今まで何度か前や近くを通ったことはあったのだが、中に入ってみることはなかった。だがその後政治的な靖国問題に関して関心を持つにつれ、暇があるときに一度足を踏み入れておこうと思い、この度訪れることになった。

最初に書いておくと、私は政治的な靖国問題に関しては高橋哲哉の『靖国神社』にほぼ同意している(ほぼというのはあまり細かく検証するといった作業をしていないからだが)。だがそれとは別に、実際に靖国神社とはどのような場所なのかという関心があったのだ。

訪れたのは二月の冬の日である。ちなみにラブライブ!神田明神とセットで行こうと思いつき、神田明神のあとに靖国神社まで歩いて行ったのだが、足が疲れてしまったため神保町駅から一駅ではあるが地下鉄に乗ったのだった。

半蔵門線九段下駅の出口から出て、坂を上るように歩いていく。神社の前に着くと、近くに幼稚園か保育園があるのかわからないが、親子連れで制服を着た子どもたちの姿が多く見られた。スマートフォン(その時はデジカメを持ってくるのを忘れてしまっていた)で大鳥居を撮影しながら、その下をくぐった。

神門に続くまっすぐな道を歩くと、途中に何かの像があった。大村益次郎という人物の像らしい。まだ前に進む。神門の前。写真で見たことのある菊紋が施された扉である。そこで既に参拝をすませ、中の方に向かって礼をしていた明らかに右翼の人が二人いたが、それ以外にそうした人は見受けられず、境内にいたのは皆普通の人たちだった。ベビーカーを押して来ている人もいる。冬の日の平日なので騒がしいところは何もなく、やはり普通の日に訪れるのがいいようだ。終戦記念日にはコスプレをした人たちが集うというが、さすがにそんな場にはあまり居合わせたくない。

二月なので当然まだ桜は咲いてはいないが、名所だけあって木は多い。春になればこの桜が一斉に咲くのだろうと想像する。

さて拝殿の中に入り、すでに本殿に向かって参拝をしている人の列に並んだ。近くには警備員の人がいる。私の前の人たちはみな参拝の作法を守り、二礼二拍手一礼といった手順を踏んでいる。前の人の参拝が終わり、私の番になる。そうして私は本殿の前に立ったが、それからはただ中をじっと見つめるだけだった。そのとき後ろに並んでいる人は誰もいなく、ただ一人近くにいる警備員の人を意識してしまう。その時に考えていたのは警備員の人は私が何か破壊的行為をしでかすのではと警戒しているのではないかとか、実際にそんなことをしたら捕まってそれからどうなるんだろうかとか、もっとも礼もなにもしないような人間も中には何人かいるのではないかとか、警備員の人もそれはわかっているから特に珍しくもないのではないかとか、そういったことを考えていた。そうして私は参拝をせず、賽銭も入れずその場を後にしたのだが、それが靖国だからというよりは、私は神社で作法を守って参拝するのが苦手なのだ。神々や神仏を迷信だと思っているとかそういうことではなく、形だけ礼をして願い事を唱えるのが(私の方でうまく信仰心を沸き起こすことができないといった理由で)どこか儀礼的なような気がしてしまうのである。

その後は絵馬のかけられたスペースを探したが、それは神社の隅に置かれているだけで、覗いてみたものの絵馬にはいたって普通の願い事だけが書かれ、右翼的、国粋主義的なものは一つも見つけることができなかった(ただそうしたものはあったとしてもここには飾られないのではないかと感じた)。遊就館にも行こうと思っていたのだが(入館料800円を払うのは気が進まないものの)、もう体力が残っていなかったため断念した。その後は脇の道から本殿の裏のほうに行ったもののそこから外に出ることはできず、神社を一周したあとに南門から出て、帰りは市ヶ谷駅から電車に乗った。

さて実際に靖国に行ってみて、神社としてのクオリティは高いと感じた。だがそれと政治的な問題としての靖国をどう考えるかは当然別である。

 

時に戦争神社と揶揄されることもある靖国神社だが、実際の神社の外見からそう思わせるものは何もない。ただ他の神社と違うのは警備員がやや多い、といっても普通神社に警備員はいないが、本殿のところに一人、他にもう南門に一人いたくらいだろうか。

だから政治家が靖国に参拝することは問題がない、ということではない。私が感じていたのは靖国の信仰内容と、実際の神社の姿との乖離だった。私が思ったのは結局ここはただの神社にすぎない、ということだったのである。

靖国神社の昔の写真があるが、写真で見る靖国神社の大鳥居に、私は不気味さを感じていた。現在のように隣に大きな道路が走っているわけではなく、何もないところに建つ鳥居は象徴的で、その風景は人々の心象に作用したのではないかと想像する。私にはそれが実に、聳え立つ死の門のように見えていた。(事実、多くの人が死の門をくぐったのである。)

私はまた靖国の信仰に対して、〈虚無の宗教〉を感じていた。国家によって死者対して栄誉が称えられ、顕彰がなされる。その信仰が保たれるためには、国家は永続的であらなければならないし、また超越的なものでなければならない。だが重要なのは諸宗教と違い、その信仰は来世における栄光を約束し得ないという点だ。そのような宗教では、死そのものを絶対化するような信仰が現れるに違いない。まさにそれが靖国の信仰であり、それはより虚無の信仰に近づくのだ。

昔自転車旅の途中で、広島の原爆ドームと、長崎の原爆死没者追悼平和祈念館に立ち寄ったことがある。(旅の最終地点は長崎だった)。訪れたのは夏だった。原爆ドームの周辺ではそれなりに緑の木々が繁茂していて、それがいわゆる鎮守の森のように思えた。また長崎の平和祈念館ではどことなく暗所の中に光が瞬くような、そんな工夫のされている施設だったと記憶している。両方ともその時は心を動かされるものがあり、何かしらの宗教的な感情を持つことができたのだ。

私が靖国に対してそうした感情を持つことができないのは、英霊に対する信仰も、感謝の念も持っていないせいなのだろうか。きっとそうなのだろう。だがここは実際の悲劇の現場ではなく(無論東京では多くの人が死んでいる)、特攻隊が飛び立った場所ではない。戦争の歴史に私は詳しくなく、実際に特攻隊員の感情がどのくらい靖国に結び付いていたのかもわからない。

だが私は私の感情を靖国に結び付けることはできない。たとえ戦場での死者と特攻隊員の感情が靖国にあったとしてもである。この場所に桜が咲いても、他の神社での場合と同じように、それをただ美しいものとして、戦争の死者(靖国によって選ばれた死者)とは何の関係もないもののように眺めるに違いない。

もっと戦争の歴史に詳しい、例えば左翼の人がこの場所に来たらどのような感想を持つのか聞いてみたいと思いウェブを検索したが、やはりそのようなサイトは見つけることはできなかった。

 

疲れていたため千鳥ヶ淵には行けず、結局遊就館には行けずじまいになってしまった。いつかは義務感からまた行くことになりそうだ。折角なので桜の咲く頃にでも行ってみようとも思うが、やはり人が多い日には行きたくない。